ミック 一章 第二話 試練
どれくらい歩いただろう。
僕は痛めた腰を庇いながら少しずつ歩いている。
あの喋ることができるライオン「ミック」から少しでも遠くに逃げるためだ。
全てが機械化したこの時代に、こんな不条理な、こんな不便な世界があるのだろうか。
もしかするとこれは夢なんじゃないかと歩きながら考える。
しかし、ずきずきと脳を刺激する腰の痛みが僕を現実の世界へ引き戻すのだ。
文明のないサバンナ「ニューザウルス」
ああ、防護服を着ていればこんな思いをすることもなかっただろうに。
周りは変わったのか、あるいは戻ってきたのかわからない様な一面の地平線。
どっちに向かえば出口なのだろうか。
これでは防護服を着ていても迷ってしまう。。。
僕はふと気がついた。
そうだ。きっと道案内をする何かがいるはずだ。
そうでなければこの広大なサバンナを乗り切れるはずがない。。。
一筋の希望が僕を一歩ずつ歩かせた。
・・・ガサガサ
歩くたびにポケットの中で何かが擦れている音がする。
大して気にしていなかったが、休憩を交えて僕はそこらに転がっている岩のひとつに腰をかけ、ポケットの中身を取り出した。
車の中で読んだ「ニューザウルス」のパンフレットだ。
つかの間の休息の間、僕はそれに目を通すことにした。
「ふむふむ、なるほど、ここに防護服のことが書いてあったのか・・・」
そこに書かれていた内容に僕は唖然とした。
「以上は全てセルフサービスとなりますので必ず身に着けてサバンナ体験へ出かけてください。なお、防護服にはナビゲーター通信機能が装着されておりますので迷うことは一切ありません。防護服は最新技術を駆使し、どんな加圧にも耐えられるようになっておりますので、獣に近づくことも可能です。・・・」
なんてこった。
防護服を着なかった時から、ナビゲーションシステムも何もかも全部僕にはサポートがないことが明白になった。
落ち込みながらパンフレット閉じる。
ん?
パンフレットの裏側にニューザウルス全体の地図が載っていた。
実に簡略化されているが、これなら何とか出口に辿り着けるかも・・・。
ひとつの希望がなくなるとまた新しい希望が見つかる。
人生とはなかなかうまくいくものだな。
灼熱の太陽が照りつけるサバンナ。
夢中になっていたが、僕はのどが渇いていることを思い出した。
そうだ、水がないと死んでしまう。
自分がいる大体の場所を地図と照らし合わせ、どこかに水がないかと探し始めた。
貸し馬屋がここにあるだろ・・・それからこっちの方向に逃げてきたから、こっちの方角か。
僕はその方向に顔をあげる。
地平線。どこでも同じように見える。
自分がどちらから歩いてきたのかも、僕にはわからなかった。
まいったな、完全に迷った。
せめて目印でもつけてくるんだった。
後悔は後を絶たない。
しかし、僕に残された道は「進むこと」以外に選択肢はなかった。
重い腰を持ち上げて、あの地平線を目指し僕は歩き出した。
・・・・・どれくらい歩いただろう。
喉はカラカラ。喋ることもままならない。唇は白く皮がめくれ、脱水症状が歩くごとにひどくなる。
歩けば歩くほど木々は数を減らし、とうとう周りには土と草と空と太陽と地平線と僕だけになってしまっていた。
苦しい。しかし、進んでいるという実感はある。
それが唯一、僕を歩かせる理由となる。
人間は何かに向かって歩き続けなければならない。僕はそんな哲学的に物事を考えた。
これは自分にとって、人類にとっての試練なのではないか。
人類は機械に頼りすぎた。結果、誰も働かなくてもいい世界がこの広大な宇宙に成立した。
人はそれぞれやりたいことを見つけ、それに向けて努力をする。
星の開拓をし、銀河系は人間で溢れかえっている。
宇宙人などと銀河に妄想を膨らませていた時代は科学によって解き明かされていく。
知識欲が、私たちの世界を小さくしているのだ。
今では「バグ」を除く全てのことが知識として誰でも知ることができる。
いつでも知ることができることは、必要なときも知ろうという努力をしなくなる。
このサバンナには、そんなもの必要ないか。
「生きる」これだけだ。
僕は生きることに疑問を持ったのは初めてだった。
生きていることは当たり前で、死ぬことなど有り得ないことなのだ。
人は薬によって好きな年齢をキープすることができる。
もし一度死んだとしても、クローン技術の進歩と脳科学の進歩によってもう一度生き返ることができる。
こんな世の中だ。誰一人死なない世界になった今、生きることが当たり前なのは仕方ない。
でも僕は今、死ぬかもしれないと初めて思った。
物を食べずに生きることができる薬も飲まずに来たのだ。
だって一時間くらいで帰れると思ったもの!
・・・考えが考えをまとめさせてくれない・・・
くだらない考えはよそう。僕は今、水を飲まなければいけないのだ。
周りに草が増えてきた。
とても青々しい草たち・・・君たちはどうやって生きているんだい?
地中にはわずかな水分があってそれを自力で得ている君たちを僕は尊敬するよ。
でもどうして草が増えてきたのだろうか・・・。
僕は駆け出した。方向はわかっている。この草たちが僕に水の在り処を教えてくれている。
草の背が高くなる。
その草を必死に掻き分けながら進むところから水が流れる音がした。
水だ!
川の底が見えるようなほど透き通るきれいな水。
間違いなく飲むことができるだろう。
しかし、僕は水を前に立ち止まった。
ここにもまた、僕は自然の厳しさを感じることとなる。
「そんな・・・」
思わず声が出る。
僕が立っているところは川の縁。川には手を伸ばしても届かないほどの高低差があった。
いわゆる崖である。
ざっと3メートルはあるだろうか。
左右を見渡してみても降りれそうな場所はない。
川に向かって斜めの崖ならまだ降りようと思うものの、ここから見る限り、川の底からえぐれている様な崖になっている。
ロッククライミングでもしていない限り、ここを降りることは不可能だろう。
「飛ぶしかないか・・・」
背に腹は変えられない。
これは自分が生きるための試練だと覚悟を決め、勢いをつけて川に飛びこんだ。
